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  • 2007.09.25 Tuesday
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仏人留学生が「文化の融合」テーマに初個展

交換留学生として昨年11月に来日し、富士見町松目の日本装飾美術学校で陶磁、ガラス工芸を学ぶフランス人女性のアリアンヌ・プランさん(23)が、19日から26日までの1週間、同校で初個展「文化の融合 生まれてくる 新しいこと」展を開く。デザイナーがものづくりに挑戦する試みで、異文化への驚きなどをコンセプトに30点を展示する。

 作品は陶磁器18点、ガラス器12点。3つのテーマに分け、▽異文化への出合い、驚き▽2つの異なる素材で新たなものを創造▽2つの機能を併せ持つ1つの作品を作る―に沿って制作した。タイトルは俳句の五七五調を意識したという。

 プランさんはパリ市内にある国立アールデコ美術大学の大学院2年生。工業デザインが専門。日本で新しいデザインのヒントを得たいと、提携校の阿佐ヶ谷美術専門学校(東京都杉並区)に留学。さらに「デザインだけでなく、ものづくりを学びたい」と、傘下にある日本装飾美術学校の門をたたいた。研修生として昨年12月から同校の寮で暮らしながら制作活動を続けてきた。

 6つの工房のうち、陶磁とガラスを選択したのは「どちらもアールデコ美大になく、全く経験したことのない素材に挑戦したかったから。この2つをやりたくて富士見町に来ました」。

 同校は、5カ月間の限られた時間を有効に使うため、最初に個展開催の目標を立て、作品づくりを進めるよう指導した。

 完成した作品を前に、プランさんは「言葉が通じなくても、文化が違っても、作りたいと強く思えば実現できる。可能性を感じてほしい」と話す。展示期間中は来場者に対し、同校の通訳を通して作品の説明をする。

 5月にはパリの大学院に復帰し、6月に卒業する予定。その後は衣類や機械など工業デザインの仕事に就きたいという。作品は母国に持ち帰る。「刺激的な作品だと思う。フランス人も驚くのでは」と話す。

 5カ月間滞在した富士見町の印象は「自然が美しい。特に八ケ岳山ろくの鉢巻道路の景観は素晴らしい。生涯の思い出になります」と語った。

 問い合わせは同校(電話0266・62・2500)へ。

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絵画や陶芸333点並ぶ 県郷文、県シルバー大学が作品展

 徳島県シルバー大学校の第二十六期生大学祭(とくしま”あい“ランド推進協議会など主催)が十八日、徳島市内の県郷土文化会館で開かれ、県内九校の五百十五人による作品展や芸能発表会があった。

 作品展では、絵画や書、陶芸などの計三百三十三点を展示。鳴門校で学ぶ山本圭子さん(64)=鳴門市大津町吉永、主婦=は「大学祭が作品制作の励みになっている。みんなが一生懸命作った作品を見てほしい」と話していた。

 午前十時からの開会式では、大学校長の飯泉嘉門知事が「向学心に満ちあふれた皆さんの、これまでの活動成果を大学祭で大いに発揮してください」とあいさつ。この後、徳島文理大学の寒川伊佐男教授(発達心理学)による記念講演「現代の子供像」などもあった。

 午後からは芸能発表会として歌やダンスなどが披露された。
【写真説明】展示作品を熱心に鑑賞する来場者ら=徳島市内の県郷土文化会館

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岡部嶺男展 青磁を極める





 5月20日(日)まで、東京・北の丸公園内の東京国立近代美術館工芸館で開催中。問い合わせはハローダイヤル03―5777―8600、ホームページhttp:/www.momat.go.jp/。

青織部縄文鼎(1955年)
絵志野茶碗 銘岩清水(1957年、木村茶道美術館蔵)
粉青瓷砧(1969年、ポーラ美術館蔵)
粉青瓷瓶(1974年)
窯変米色瓷砧(1971年)
窯変嶺燦●(わん、怨の心の代わりに皿、1987年)
 6/27―7/10 名古屋市の松坂屋美術館、7/14―9/30多治見市の岐阜県現代陶芸美術館、10/17―12/6山口県立萩美術館・浦上記念館、12/15―08.3/2篠山市の兵庫陶芸美術館、7/5―9/7笠間市の茨城県陶芸美術館でも

    ◇

やきもの好きにとっては、待望久しい回顧展です。岡部嶺男(1919-90)ほど、優れた才能と過酷な運命を同時に与えられた作家は稀でしょう。1940年、東京物理学校(現・東京理科大)を中退して入営。中国、フィリピンを転戦し、九死に一生を得て47年、27歳で復員し、陶芸を再開します。54年、第10回日展で縄文を施した青織部壺が注目され、北斗賞を受賞。翌年、清水卯一(1926-2004)、熊倉順吉(1920-85)と共に第1回日本陶磁協会賞。この時期を代表するのが、55年の第11回日展入選作、青織部縄文鼎(高49.2cm)でしょうか。荒縄を巻き付けた羽子板状の棒で器面を叩き、文様を表現。今でこそ珍しくありませんが、縄文を現代陶芸に取り入れたのは、恐らく岡部が最初でしょう。中国古代の青銅器を思わせる鋭い造形と相まって、凄みさえ感じられます。織部釉や古瀬戸釉を掛けた縄文作品は年と共に奔放かつ自在に変貌しつつ、60年代末まで作り続けられたようです。

大阪で2つのピカソ展 天才の魅力、多面的に

 「二十世紀最大の画家」といえば、まず名が挙がるのがパブロ・ピカソ(一八八一−一九七三年)だろう。キュービスム(立体主義)による絵画の変革など、生涯に及ぶ挑戦や旺盛(おうせい)な創作欲は驚異的。巨匠の魅力の秘密に迫る二つの展覧会が、大阪で開かれている。

 大丸ミュージアム・梅田の「ピカソ展」は、世界有数のピカソ・コレクションを誇るドイツ・ルートヴィッヒ美術館の所蔵品で構成。油彩、水彩、版画など約百点で、初期から晩年までの創作の軌跡をたどる。

 その作品は、彼の画業の基礎に卓越したデッサン力があったこと、愛した女たちを創作の源としたこと、様式に固執せずさまざまに自己のスタイルを変え続けたことなどを教える。「ミノタウロマキア」など、天才の奔放なイマジネーションは圧倒的だ。

 一方、国立国際美術館の展示は、版画と陶芸作品に焦点を絞った。ピカソは、十八歳のころ、初めて銅版画を手掛け、パリ時代以降、晩年まで、膨大な数の銅版画、石版画を制作した。

 また、伸びやかな人間性を感じさせるのが、自由な造形や絵付けが楽しい陶芸の仕事。彫刻的でありながら絵画的要素も強く、従来の陶芸の枠組み、常識をはみ出たユニークさはさすがだ。

 いずれも二十五日まで。

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陶芸に熱中 箕輪町北小河内 小松宸子さん


陶芸を始めて10年。「1年増すごとに少しでもうまくなれば楽しい。自分が楽しんでるのよ」

 98年、箕輪町公民館の陶芸講座に参加した。65歳の誕生日を前にして、「これから年をとって、年金をもらってぼーっと暮らすのもばかみたい。何かしたい」と考えたからだ。

 旅先で陶器などを買うのは好きだったが、自分で作ることまでは考えていなかった。道具の名前も、粘土をしっかり練って「土を殺す」ことも、タタラ作りが何かも知らない。一からのスタートだった。

 粘土を伸ばそうとしてもひびが入る、四角く伸びない、焼いた作品が割れてしまうなど最初は失敗が続いた。

 「何も知らなくて始めたことが、かえってよかったと思う。自分が失敗作を作って分かってくる。この次はいい風にしよう、もっといい物にしようと一つひとつ苦労しながら考えているうちに、幾らか出来るようになってきた」

 5年間通った講座を卒業し、作品を焼く場所が無くなったため、03年に家業の倉庫に窯を作った。窯名は自身の名前から漢字をとって「松宸窯(しょうしんろ)」という。
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萩焼作家の三輪和彦さん 日本陶磁協会賞を受賞 大作「黒の遺構」に高評価


 萩市椿東の萩焼作家三輪和彦さん(55)が、2006年度に最も優秀な陶芸作品を制作した作家に贈られる日本陶磁協会賞を受賞した。同協会賞記念展が7月28日から8月1日まで、東京・銀座の和光ホールで開かれる。

 最新作で目立ったのは、昨年の兵庫陶芸美術館開館記念特別展に出品した陶製の大型造形物「黒の遺構」。約20トンもの陶土を使い、45センチ四方、高さ2メートルの角柱25本で、ギリシャ神殿風の力強い巨大空間を構築した作品が、来場者の目を驚かせた。

 「巨大なインスタレーションは、しばらく忘れていた焼き物のスケール感をあらためて実感させた」「大量の土と格闘した末の大型造形物に、自己表現を明確にした」と評された。

 三輪さんは「人間が持つ根源的な欲求や大地がはらむエネルギーを大胆に造形表現した。その制作モチーフが理解された」と受賞を喜んでいる。

 日本陶磁協会賞は、萩市内では、1984年に故吉賀大眉さんが業績のあるベテラン作家に与えられる金賞を、88年に第12代三輪休雪氏が協会賞を、2003年に三輪壽雪氏が協会賞制作50年記念賞を、それぞれ受賞している。

=2007/03/20付 西日本新聞朝刊=

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タヌキ像 人気大化け  滋賀県立陶芸の森 米国女性作品


滋賀県立陶芸の森(甲賀市信楽町勅旨)で野外展示されている米国人女性陶芸家のタヌキ像が人気を集めている。小銭を供える人が後を絶たず、植え込みに「参道」ができた。学芸員は「なぜ人気があるのか不思議。日本人とタヌキの関係を考えさせられた」と語り、特別展「ようこそ!たぬき御殿へ」開催のきっかけになったという。

 同陶芸の森で研修したリンダ・ケアーズさんが1992年に作製した「とぎ ざ たぬき」。高さ50センチほどのタヌキがとっくりの酒をらっぱ飲みするユーモラスな像で、約10年前に陶芸館前の植え込みに設置された。

 しばらくして写真に撮られるなど来場者の人気を集めるようになり、5年ほど前に小銭が供えられているのに職員が気づいた。

 お金は像の足下に置かれたり、口に入れられており、盗難を心配して回収しているが、今も途切れることはない。

 周囲は植え込みが踏まれて枯れ、土がむき出しで幅50センチ、長さ10メートルほどの道になった。職員らは「とくに御利益がうわさされているとの話も聞かない」と驚き、作者のケアーズさんとは「残念ながら連絡がつかない」という。

 特別展は日本文化の中でタヌキがどのように表現されてきたかを紹介する。大槻倫子学芸員は「四国にはタヌキ信仰もあるが、日本人のタヌキ好きを再認識した。何をしても怒られそうになく、願いがかなわなくても腹の立たない存在なのかもしれない」と話している。

 特別展は17日から6月3日まで同陶芸の森で開催される。京都新聞社など主催。有料。

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新人陶芸家・許允美さん


 朝鮮大学校(東京都小平市)の中庭の裏手にひっそりとたたずむ陶芸室には、目下制作中の許允美さん(26)の作品が所狭しとおかれている。

 「散らかってますけど、気になさらないで。ここの方がモチベーションが上がるんです」と、屈託のない笑顔を見せる。

 深く澄んだ緑深き透明さ、翡翠の青さが魅力の高麗青磁の特徴を生かした陶作。初の個展を12日から19日まで、同大美術科展示室で開く予定だ。

 「高麗青磁の曲線は朝鮮民族が愛する形、高麗青磁の色も朝鮮民族が愛するもの…。これには朝鮮民族のアイデンティティがぎっしり詰っている」

 手元にある、祖国で製作した高麗青磁を見つめながら、許さんは静かに話した。

 許さんが(祖国に行って、高麗青磁を学びたい!)と強く思ったのは、偶然目にした月刊「祖国」の記事がきっかけだった。文芸同の一員として05年と06年の夏、朝鮮訪問の際に、万寿台創作社で人民芸術家・任士準氏の子息・任郷益、官益氏らに高麗青磁の手ほどきを受けた。



万寿台創作社で。製作に取り組む姿は真剣そのもの
 「高麗青磁は朝鮮の土を使って作るもの。それ以外は高麗青磁とは呼ばない。祖国の土(粘土)を練って、形を作り、削って、乾かし、かまどで焼く…」

 素地の表面を刻み、白土・赤土などをその部分にはめ込んで文様をあらわし、最後に青磁釉をかけ焼成した象嵌青磁は、許さんが朝鮮で製作したものだ。象嵌青磁は、高麗でのみつくられ、中国・日本などほかの地域では見られないオリジナルだと言われている。

 「高麗時代は仏教を国教としていたため、青磁に刻む文様は、鶴、蓮、松など経典に出てくる形象物が多い。高麗は李成桂によって滅ぼされ、朝鮮王朝時代は儒教が国教とされたため、多くの青磁が壊されたという悲しい歴史もある」という。

 許さんが美術に目覚めたのは、朝大外国語学部在学中のこと。独学でデッサン、美術史の勉強を始め、ある時、美術科の教授の研究室に立ち入り、突然、「美術の勉強がしたいんです!」と、打ち明けたこともあった。体の中にみなぎるパワーのやり場がわからず悶えていた。

 「今思い返すと、幼い頃から美術品に囲まれて生活してきた。親は美術品のコレクターで、展示会にもよく連れて行ってもらった」

 美術科の先生にデッサンを見せるものの、「絵の素質はない」と断言された。日本の陶芸教室に通い、粘土と向き合う日々。高麗青磁の記事を見つけたのはその時だった。

 卒業後は同大図書館で働きながら、美術の勉強を熱心に続けている。今では同大教職員と子どもたちを対象に陶芸教室も開いている。昨年の創立50周年記念イベントでは作品を展示、小平市民を対象に、陶芸絵付け体験コーナーを実施し、約50人が参加した。

 「地元(山口県下関市)では、朝鮮の美術品を日本の人たちに広く知らせるための展示会を開いている、呂成根さん(在日本朝鮮商工連合会副会長兼合営経済交流協会会長)がいらっしゃいます。今後は、朝鮮に通い、青磁の勉強を重ねるだけではなく、それを広められるような活動がしたい。呂さんがしてきた活動を途絶えることなく受け継ぎたいと思います」と瞳を輝かせる。

 初の個展には、朝鮮で製作した高麗青磁6点を含め、日本の粘土を使って「朝鮮風」に作った大小の器30点を出展する予定だ。(金潤順記者)

※1980年生まれ。徳山朝鮮初中級学校、広島朝鮮初中高級学校(高級部)、朝鮮大学校外国語学部卒業。05、06年、在日本朝鮮文学芸術家同盟の一員として朝鮮訪問、万寿台創作社で高麗青磁の手ほどきを受ける。中野グループ展、クリム展、パラムピッ展に出展。12日から朝大美術科展示室で「許允美作品展」を開催。

[朝鮮新報 2007.3.6]

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ガーデニング仲間集う場所づくり 箕輪の向山さん

箕輪町富田の行政書士、向山高司さん(67)は、洋ランやサボテンなど花栽培や陶芸の趣味を同じくする人が誰もが集える場所をつくろうと、農地を提供して仲間とともに拠点づくりに乗り出した。

 向山さんはサボテン栽培歴35年、洋ラン栽培も長く、20年ほど前から所有地に7棟のビニールハウスを建てて本格的に植物栽培に取り組み、愛好者グループの指導にも当たっている。

 また、5年ほど前には陶芸のための窯「富悠窯」と工房をつくり、10人ほどの仲間とグループ「陶工房ささらほうさら」を結成、制作を楽しんでいる。

 創作や展示の場として多くの仲間に利用され、交流、活動が活発になるにつれ「花や作品を常設展示したり、いつでも誰でも訪れて活動できる場をつくりたい」と夢が膨らんだ。

 最近になり、周辺農地と換地し、約2800平方メートルのまとまった土地が確保できたことからいよいよ拠点づくりの構想実現に向けて本格始動。

 一帯を「ふれあい空間・ガーデン和らぎ」と命名し、ビニールハウス内には陶芸作品や洋ラン、サボテンを常設展示。農地では月1回ほど、花の育て方やガーデニングの勉強会を開いて、その栽培実技の会場としながら「皆で好きな植物を自由に植えて庭園にしたい」(向山さん)計画を立てている。すでに看板を立てる準備をしたり、ビニールハウス内には小さな池や坪庭も整備している。

 ふれあい空間づくりの参加者も募集中。問い合わせは向山さん(電話0265・79・6429)へ。

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【尾張】 伝統に個性アレンジ 瀬戸で窯業高専攻科展 意欲作160点並ぶ


 瀬戸窯業高校(瀬戸市東権現町)専攻科の作品展が27日、同市南山口町の県陶磁資料館本館で始まった。3月4日まで。会場の特別展示室は入場無料。

 同資料館が陶芸科を持つ大学、高校と共同で取り組んでいる育成支援事業の一環。同校専攻科で陶芸、セラミック工学を学ぶ1、2年生35人の約160点を展示した。

 染め付けやろくろ成形など授業の課題作品のほか、修了を控えた2年生の自由制作も披露。伝統的な唐子模様を自己流にアレンジした絵付け皿や、深みのある蕎麦釉(そばゆう)を用いた大鉢など、学んだ成果を凝縮した力作が目立つ。

 3月4日午後1時半−2時半、生徒自らが作品の説明をするギャラリートークもある。
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